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横浜Mが練習後にクラブ全体でバーベキューを行い、一体感を高めた。昨夏は選手会主導で行ったが、強化部の主催で選手、スタッフに加え、クラブ職員も参加。総勢50人以上が集い、60人前の食材を調理しながらほおばった。選手会長の松田は「盛り上がったと思う。気持ちを切り替えてやりたい」と話し、16日のF東京戦(アウェー)から再開するリーグ戦を見据えた。

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横浜Mが韓国代表の新鋭MF寄誠庸(キ・ソンヨン、20)=FCソウル=の獲得に乗り出していることが2日、分かった。すでに横浜Mは代理人を通じて完全移籍での獲得を打診。近日中に本格交渉に入る見通しとなった。横浜Mは日本代表MF中村俊輔(31)=エスパニョール=の獲得に土壇場で失敗しており、「韓国のジェラード」の異名を取るMFの獲得に全力を注ぐ。

 Kリーグ関係者によると、20歳の若さで韓国代表の中核を担うFCソウルの寄に対し、早くからマンチェスターUが興味を示す一方、横浜Mが具体的な動きを見せ、代理人を通じて完全移籍での獲得を打診してきたという。移籍金は推定350万ドル(約3億3000万円)になる見込みで今後、本格交渉に入る模様だ。

 横浜Mは今年6月にほぼ決まりかけていた俊輔の獲得に失敗。補強の柱を失ったことで、現場サイドは中途半端な助っ人の獲得を凍結する構えを見せ、それまで練習生として受け入れていた外国人選手の加入も見合わせた。しかし、寄に関しては年齢が若く、将来性も見込めることから、本格的に動き出したと見られる。

 186センチと体格に恵まれる寄は、戦術眼や技術も高く、両足のキックも抜群。韓国代表ではボランチとして活躍している。6月のACL決勝トーナメント1回戦では、鹿島相手に右足で芸術的な直接FKも決めた。韓国国内ではイングランド代表MFジェラード(リバプール)に例えられ、「キラード」の異名を取る。

 Kリーグ関係者によると、本人サイドも海外でのプレーを視野にいれるが、FCソウル側にとっても期待の若手で、契約成立は今後の交渉次第だという。横浜Mが大型補強に成功すれば、俊輔の獲得失敗によるダメージを多少なりとも解消できるに違いない。

 ◆寄 誠庸(キ・ソンヨン)1989年1月24日、韓国生まれ。20歳。同国NO1の若手MF。06年にFCソウルに入団し、07年に才能が開花。07年Uー20W杯に出場し、08年は北京五輪にも出場。08年フル代表にデビュー。08年Kリーグベスト11。国際Aマッチは14試合3得点。186センチ、75キロ。
日本代表DF中沢が負傷欠場したが、横浜Mの木村浩吉監督(48)は動じない。その裏には強力な守備陣への確固たる信頼がある。この日、キャプテンマークを巻いたセンターバックもそのひとり。序盤からスピードと強さで京都FWパウリーニョを抑え、前半22分には約40メートルの強烈なミドルも披露。完封勝利に貢献し、「ボンバー(中沢)が抜けてたから、みんな少しずつ集中していた。それが良かったと思う」と笑顔を浮かべた。

 幼いころからやんちゃな一面があり、入団当初から「ケンカ番長」の異名を取る。ネット上でも数々の伝説が話題になり「小中高はめちゃくちゃだった。かあちゃんが毎日呼び出されていた」と回想する。小1から新日本プロレスの熱狂的なファンで、ずば抜けた身体能力を持つことが「番長」誕生の要因だった。

 中学時代に背筋テストで200キロ以上を記録。「背筋」とあだ名をつけられ、腕が太すぎ「マグワイア」と呼ばれたこともある。以前、地元のゲームセンターでパンチ力が計測できるゲーム機で遊んでいると、見知らぬ男性に「君、強いね」と体を入念に触られた。実は有名ボクシングジムの人間で、その場でスカウトされた。自身も「サッカーよりセンスがあったかも」と苦笑する。

 オシム体制で日本代表デビューも飾っており、その実力はチームメートの松田や中沢らW杯出場経験のある強力DF陣も認める。横浜Mが誇る「番長」が今後も結果を出し続ければ、南アフリカW杯のピッチも見てくる。

 ◆栗原 勇蔵(くりはら・ゆうぞう)1983年9月18日、神奈川県生まれ。25歳。小学時代はFWとしてプレーし、中学入学時に横浜Mジュニアユースに入団。その後、MFなどでもプレーし、センターバックとしてトップへ昇格した。03年U―20(20歳以下)世界ユース選手権(現U―20W杯)に出場。06年8月のトリニダード・トバゴ戦でA代表デビュー。184センチ、80キロ。
日本代表DF中沢佑二(31)=横浜M=が30日、川崎市内の病院で精密検査を受け、右眼窩底(がんかてい)骨折で全治2週間と診断された。29日のナビスコ杯、G大阪戦で相手FWルーカスのひじ打ちを受け、負傷した。8月1日の京都戦だけでなく、中断明けのF東京戦(8月16日)にも影響が出る可能性が出てきた。クラブ側は家本政明主審(36)の判定に再度、苦言を呈した。

 中沢の負った傷は予想以上の重傷だった。29日のG大阪戦で前半41分、空中で競り合った際にルーカスのひじが右目付近を直撃し、負傷交代。この日の検査で右眼窩底の骨折が判明した。この日はまだ腫れにより右目の視界がふさがれている状況。全治2週間と診断され、8月1日の京都戦への出場は絶望的となった。9月上旬の日本代表のオランダ遠征(5日・対オランダ、8日・対ガーナ)は間に合いそうだが、中断明けの8月16日のF東京戦にも影響が出る可能性もある。

 ルーカスのひじ打ちは、中沢が「やられた瞬間に(プレーは)駄目だと思った」と振り返るほど、強烈なものだった。だが、家本主審はほぼピッチ中央のファウルを見落としただけでなく、中沢が患部を押さえて倒れていたにもかかわらず、試合を続行。中沢は「(相手が)わざとじゃないにしてもレフェリーには止めてほしかった」と話す。

 家本主審の判定を問題視した横浜Mは試合後に意見書を提出。その際、「見えていなかった」との見解を示され、クラブ側はさらに不信感を募らせた。木村浩吉監督(48)も「(やった瞬間は)すごい音がした。すぐ止めるべき」と選手生命にも影響しかねないレフェリーの対応に激怒。「審判はサッカーをやっている選手の身になれる人じゃないと駄目」と皮肉交じりに話した。

 中沢はプロ入り後、関節や筋肉の負傷などで試合を欠場したことはあったが、骨折は初めて。「人間、前向きが一番」と話しており、早期の復帰を目指す。
横浜Mが逆境を乗り越え、2年ぶりの4強進出を決めた。前半16分にG大阪に先制されたが、同23分、トップ下の長谷川が鋭い反転で左サイドを抜けると、FW金とのワンツーから右足で今季初ゴール。「あのゾーンに入るのは得意」という20歳の新鋭が貴重な同点弾で相手の勢いを止め、準決勝への扉を開いた。

 守備でも最低限の結果を残した。アウェーの第1戦を3―1(15日、万博)で勝利し、この日を2失点以内で切り抜ければ、勝ち抜けが決定。前半41分に日本代表DF中沢が負傷退場するアクシデントに見舞われながら、試合途中に4バックから3バックに変更するなどして2失点で切り抜けた。カウンター戦術を徹底できず1―2で敗れはしたが、「上に進むことが大事」と木村浩吉監督(48)。5年ぶりのタイトルにまた一歩近づいた。
横浜Mの日本代表DF中沢佑二(31)が30日に精密検査を受けることになった。29日のG大阪戦で、FWルーカスと空中戦で競り合った際、相手のひじが右目下を直撃。交代を余儀なくされた。「目の中を専門の眼科医が診てみないと何とも言えない」と工藤敏治チームドクター(41)。中沢は右目がひどくはれたため、眼帯をして帰宅。8月1日の京都戦出場は絶望的となった。「やられた瞬間に駄目だと思った。ひじ(のファウル)には注意深く笛を吹いてほしい」とそのまま試合を続行した家本主審に苦言を呈した。
29日のナビスコ杯準々決勝第2戦、G大阪戦(ホーム)を冷静に勝ちきる。横浜Mはアウェーの第1戦で3―1で勝利しており、優位な状況。木村監督は「きちっと守ってカウンター。上に進むことが一番の目標」と結果にこだわる姿勢を見せた。リーグ戦は14位とタイトル奪取が絶望的となっており、ナビスコ杯は頂点を目指す。


遠藤が“FW”で劣勢はね返す
G大阪の日本代表MF遠藤が「FW」になる。29日のナビスコ杯準々決勝・横浜M戦(ニッパ球)に向け、非公開で練習。15日のホーム戦は1―3で敗れており、準決勝進出には最低でも3得点が必要。攻撃的MFでの出場が濃厚だが、「ゴールへの意識を強く持っていきたい。(FWのように)フィニッシュに絡むように、積極的にいく」と、どん欲にゴールに突き進む。
横浜Mはまたしても勝ち点3奪取に失敗した。開始6分にカウンターから失点したが、後半から巻き返し、同5分にFW金が頭で同点ゴール。しかし、流れのいい時間帯に2点目を奪えなかった。リーグ5試合勝ち星なし(3分け2敗)は今季最長。「もう1点取れるだけの何かが足りない」とDF中沢。29日のナビスコ杯準々決勝、G大阪戦に向け、気持ちを切り替えたいところだ。

23日に就任が決まった横浜Mの嘉悦朗社長代行(53)が25日、練習前にミーティングを行い、チームを激励した。日本代表MF中村俊輔(31)=エスパニョール=獲得失敗の影響などから斎藤正治社長(59)が体調を崩し、長期休養中。日産自動車の執行役員と兼務が決まった嘉悦社長代行は「13位は本来のポジションじゃない」と選手を鼓舞した。

 サッカー経験者で、日産自動車役員の中で最もサッカーに対する愛情が深いということも就任の理由。当面は兼務が続くが、「腰掛けじゃなく、マリノスのために全力投球したい」と意気込む。日産自動車の現役役員のクラブ代表取締役就任は初めてで、親会社とのパイプ役としても強い意欲を見せており、今後は段階的な目標を立てて名門復活を目指す。

準々決勝第1戦4試合が行われ、横浜Mは大胆なシステム変更でG大阪に3―1で勝った。第2戦は29日に行われ、2試合合計のスコアで勝者を決定する。

 すべてがはまった。選手起用、交代、そして戦術。横浜MはG大阪戦で理想的な展開に持ち込んだ。3発のアウェーゴールをたたき込み快勝。ベンチ前では木村浩吉監督(48)が次々とガッツポーズを繰り出した。

 11日の山形戦でシーズン前半戦を終え、木村監督はメンバー、戦術、目標を修正。再出発初戦のこの日は宣言通りテコ入れを行った。今まではどの対戦相手でも戦い方を変えなかったが、指揮官は「自陣でブロックを作ってカウンターを狙った」と勝負にこだわった。20歳の長谷川や韓国人FW金を先発させるなどメンバーを入れ替え、連戦が続くことを考慮し、交代のカードも早めに切った。

 後半23分にはカウンターからFW坂田が勝ち越しゴール。後半30分にプロ人生で初めてボランチからトップ下に上がった松田は同40分に左足でダメ押しゴール。松田は「3点目はラッキー」としながらも、勝利に自信を得た様子。“新生マリノス”がナビスコ杯制覇、そしてリーグ巻き返しに向け好スタートを切った。
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